CAT'S EYE(猫の視点)

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【講義録】社会のモンダイを遊びに変えるゲームデザインの考え方

11月12日に東京大学で開催された山本貴光さんによる公開講座の講義録です。遅刻しての参加だったので最初の20分ぐらいは切れています(スミマセヌ…)。また、メモと記憶を頼りに起こしたものなので、ところどころ不正確なところがあるかもしれません。お気づきの点がありましたらご指摘いただければ幸いです。

個人的にはゲーミフィケーションに関心が向いているタイミングでしたので、エンターテイメント以外を目的とする点で共通点の多いシリアスゲームのゲームデザインについての講義はとても勉強になりました。

会場に来ている聴講者達も学生以外の社会人が多く、企業やNGOなどの各種団体職員の方も見られました。ゲーミフィケーションという言葉が聞かれるようになったのは2011年の後半からだったと記憶しておりますが、このようにゲーム的手法がジャンルを超えて注目を集める中、今回の山本さんの講義は多くの方にとって有意義なものとなったのではないでしょうか。


★社会のモンダイを遊びに変えるゲームデザインの考え方★
日時:2013年11月12日(火)18時30分〜
場所:東京大学駒場キャンパス内
http://www.anotherway.jp/archives/001324.html
講師:山本貴光
http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/


【ゲームの要素となるものと、その構造について】
ゲームには、簡単には解決できないモンダイが必要です。簡単には解決できないモンダイやプレイヤーを適度に困らせる仕掛けと、それらを解決する手段が組み合わさることでゲームは作られていきます。

たとえば最初から最強レベルの主人公が魔王を倒しに行くドラクエも、何をしても死なないマリオもゲームとしてはつまらないものになってしまいます。必勝・楽勝ではゲームは面白いものになりません。

プレイヤーにとっては、試行錯誤も楽しみのうちです。選択肢のうち、どれを選んでも、それぞれメリットとデメリットが生じることによるジレンマもあると、なお良いでしょう。

ゲーム内に限らず、多くの物語は幸運と不運を行き来することによって成り立っています。これはカート・ヴォネガットの『国のない男』に詳しく書かれていますので、ご興味のある方は読まれると良いでしょう。でもカフカの『変身』などは一貫して不運ですね。目が覚めたら虫になっていますし、そのまま死んでしまいますから(笑)

※1 参考図書:『国のない男』(カート・ヴォネガット著)

Case1 Cookie Clicker
さて、ゲームの構造について、幾つかの事例をあげて説明しましょう。まずはCookie Clickerというブラウザゲームです。初めに警告しておきますが、このゲームはやらない方がいいです。警告はしましたからね? このゲームの特徴は次のようなものです。

モンダイ:できるだけ多くクッキーを焼け
解決方法:基本的にはクッキーのアイコンをクリックするだけ

ゲームのサイクル:
クッキーのアイコンをクリック

クッキー生産

クッキーを通貨にアイテム購入

クッキー生産率(Cps)向上(自動的に生産してくれるようにもなる)

アイテムは購入する度に値段が上がる

より多くのクッキーが必要

このゲームを進めていくと、真のモンダイは、できるだけ多くクッキーを焼くことではなく、「Cpsを最大化せよ」ということだと解ります。もちろん、そのつどのモンダイ、たとえば手持ちのクッキーで買えるアイテムを今買うべきなのか、次のアイテム分まで貯めるべきなのかということも生じてきます。さっき申し上げたジレンマですね。

正直私はこのゲームを最初に知った時は少しバカにしていましたが、やっていくうちに教科書に事例として載せたほうがいいほど、よくできているゲームだということが解ってきました。

Twitterで話題になっているのを見て仕事の合間にと始めてみたところ、気がついたらこのゲームを進める合間に仕事をしていました。このゲームの没入感が何によって生じるのかは、次の6つの要因にまとめられると思います。

①モンダイが明確
②解決手段が手軽
③行動への反応が迅速かつ明確
④常にゲームの状態が変化している
⑤常にもっとCpsは上がるはずだと思わせる
⑥常に目が離せない

また、ゲームにおけるモンダイの二重性も注目すべきです。
1 物語としてのモンダイ
これは、このゲームの場合、クッキーを焼くということです。

2 遊びとしてのモンダイ ある変数xの最大化を目指す
今回の場合、Cpsクッキーの生産効率ですね。

気がつくと私はCpsのことばかり考えるようになっていました。よりCpsをあげるにはアイテム(クッキーを焼いてくれるおばあさんだけでなく、錬金術で金からクッキーを作る装置など荒唐無稽なものも含めた)が必要で、そのアイテムを買うには、より多くのクッキー、すなわちCpsが必要になります。

このCookie Clickerというゲームの正体は、
貨幣→商品→貨幣
という資本主義の構造そのものだったのです。つまり、これは一見単なるお馬鹿ゲームと見せかけたシリアスゲームだったといえます。


【シリアスゲームをデザインする際の考え方】
シリアスゲームは社会の問題を扱うゲームです。社会とは人々の集合で、そこでのモンダイは人や社会が困ることです。つまり社会の問題を考えることは、人々の幸福について考えることだといえます。

歴史を見ても現代社会を見ても、そこはモンダイの宝庫ですが、まずはモンダイを選んでそのモンダイの模型を作ってみましょう。手順としては次のようになります。

①テーマを選ぶ
②テーマの中のモンダイを設定
③プレイヤーの立場を決める
④モンダイを要素に分解する
⑤要素同士を関連づける

私が以前いたコーエーのゲームで恐縮ですが、『信長の野望』を例に、これらを考えてみましょう。

①テーマを選ぶ
日本の戦国時代

②テーマの中のモンダイを設定
戦乱の時代に天下統一して日本に平和をもたらす

③プレイヤーの立場を決める
一国の君主

④モンダイを要素に分解する
他国の外交と戦争によって隣国を併合して領土を広げる。そのために軍事力と国力を上げていく
国力に関わる要素:町、石高、治水、民忠
軍事力に関わる要素:武器、兵力、兵糧

⑤要素同士を関連づける
軍事力に関わる武器、兵力、兵糧の数値を上げるには金が必要。その金は町の発展に投資することにより多く得ることができる。国力に関わる要素のうち、民忠は金を施すことにより得られ、この数値が下がると一揆などが起きてしまう。石高と治水は兵糧の数値に関わり、これが一定数以上でないと、兵力や武器があっても戦争ができなくなってしまう。

という具合に、ゲームの構造を時には単純化しながら作りあげていきます。

Case2:Crash Town
このゲームの町に出てくるドライバーは軒並み命知らずで、放っておくとそこに何があろうとも全速力で疾走するのですぐに事故が起きます。つまり、放っておくとモンダイが発生し、それに対して何かをせずにはいられなくなるので、プレイヤーが試行錯誤をしてゲームを進めていくというものです。具体的には交差点に信号機を設置し、それが正しく設置されていれば事故は起きなくなります。

ただし、少し物足りないところもあります。一つには、このゲームは各ステージで完結してしまうため、前にやったことの累積によってゲームが有利になったり不利になったりするということがないからです。もう一つは、これが致命的だと思うのですが、一度正解が解るとそれまでで、やり込める要素がないことです。

Case3:Football Defining

(ゲーム内容はメモし忘れたので割愛)

こちらも放っておくとモンダイが発生するという点でCase2と似た性質を持つゲームなのですが、こちらの場合は一つのモンダイに複数の解決方法があり、前にやったこともちゃんと累積していきます。

プレイヤーを招くのは、未解決のモンダイです。まだするべきことや選べる選択肢があると、たとえばCookie Clickerがそうであったように、一度やめることがあっても、再びプレイヤーはそのゲーム画面を開きやすくなります。

【質疑応答】
Q1:真面目さと楽しさのバランスをどのようにとっていけば良いか

A1:ゲームを通して社会の問題を普及していくときに、それがお勉強であると気がつかれると失敗する可能性が高くなります。なので、言葉は悪いですがだますための仕掛けを考えることも大事です。受け手を入り口で楽しませることができれば、すんなりと受け入れてもらえることがあります。
古代ギリシャの思想家ルクレティウスは『物の本質について』(※2)という本を書きましたが、非常に難解な話を詩にして読者にとって馴染みやすいものにしたという事例もあります。

※2 参考図書:『物の本質について』(ルクレティウス著)

Q2:たとえば原発問題のように、そもそも正解とされる答えが出ていないモンダイをどのようにゲーム化することができるのか

A2:原発問題をテーマにするなら、たとえばプレイヤーが原発の運営をするという立場になれば、それを邪魔する仕掛けがいくらでも考えられるので、ゲームとして成立します。答えの出ていないモンダイに対しては、ゲームを通してそのモンダイが簡単には答えが出せないものであることを伝えることもできます。

Q3:ゲームを教育に取り入れて特定のコミュニティ内で実験をした結果を、実体験に応用するにはどうすれば良いか

(メモを書ききれなかったので割愛。どなたか教えてください)
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by mikeneko301 | 2013-11-15 15:57 | 本・音楽・アートなど

旅をするときは、できるだけ一人がいい。車窓越しに見える、見知らぬ風景の先へ先へと気持ちを自由に飛ばすことができるから。

友だちと行くのもいいけど、やっぱり一人もいい。たまたま列車で隣り合わせた老人と、話がはずんで、知らない土地や時間を追体験できることもあるから。

あの時はまだ学生で、何人かの友だちとの旅だったけど、夜行列車の中での夜明けは、私一人だった。タイを縦断する列車の空気は独特な匂いがして、北へと向かっていたせいか、少し寒かった。

デッキの窓から外を眺めると、森のはずれに水田が見えて、そこを牛飼いが白い牛たちを連れて歩いているのが見えた。

やがて、昇り始めた朝日が彼らの背を照らした。もやの向こうに見える東南アジアの森、光る牛たちの毛並み。それは何気ない生活の風景にもかからず、荘厳で美しかった。彼らとともにゆっくりと歩いていく牛飼いが聖人に見えるほどに。

その場に感想を言い合う相手がいないことが、いいこともある。その風景は、静かに心の中にしまわれ、時々取り出しては眺められながら、記憶の中でイデア的な美しさを持ったものへと加工されていくからだ。
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by mikeneko301 | 2013-11-10 22:43 | 記憶

a flower is not a flower

例えば花瓶に生けられた花を描いている一人の画家がいたとして、 その画家が描いているモノは花だけなのか? そんな疑問があったりする。

中学生の時のことだった。私は水の入ったワイングラスのデッサンをしていた。描くことの8割は観察と思いをめぐらすこと。穴があくほど、グラスを見つめ、時折鉛筆を動かす。

グラスについた結露とグラス越しの風景は、やがて心眼の網膜の中で明け方の草原に光る朝露に変わり、星空と重なった。

その時、グラスがその場に来るまで、どのような経緯を経たのか、あるいはそこに満たされた水は、どのような道を辿ってきたのかという疑問が湧いたりもする。そうしているうちに、ようやく描くべきものが像を成してくるのだ。

絵を描くことは風景との対話だ。それは花を描きながらも、同時にその花の生長の過程で乗り越えた風圧や天候、花瓶の原料となった土の成り立ち、職人の手を感じる時間でもある。



同じようなことが音楽でも言えるのだと気が付いたのは高校生の時だった。イヴリー・ギトリスというイスラエル出身のバイオリニストが来日したとき、私は2階席の先頭で彼の神がかり的な演奏とバイオリンを見つめていたのだが、ふと自分がバイオリンだけを見ているのではないのだということに気が付いた。

半ば意識が遠のくような感覚がして、私は、音楽の黎明期に原始的な弦楽器を奏でる素朴な人々の姿を見た。より良い音をと改良に頭を悩ます職人達を見た。音を媒介に世界の秘密を探ろうとしている作曲家を見た。楽しみであれ、苦難であれ、葛藤であれ、そこは愛に満たされた空間のように感じられた。

バイオリンがその形としてあるのが、改良の結果であるように、今ある音は、その音によってのみ存在しているのではない。あらゆるモノとモノの関係性によって長い時間をかけて生成されたものなのだ。

では、それらを生成する力とは何か?


※以上の文章は過去に書いた記事のアーカイヴです。
2004.10.23 22:20
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by mikeneko301 | 2013-11-10 22:36 | 記憶

土鍋料理の翁

その声は鼻歌のようにも聞こえたし、ときには倍音のように聞こえることもあった。私はそれを聞くのが好きだった。

彼はいつも腰をかがめて、せわしなく歩きながら、始終ぶつぶつと時には、同じことを何度も呟いている。それを見て気の毒そうな顔をしたり、「もう年だから…」と言うのは、彼と仕事をしたことがない証拠だ。

彼のつぶやきに耳をすませば、彼という人がわかる。一つひとつを口に出しながら、朝から晩までの仕事の段取りを全てシミュレートしているのだから。

驚いたのは私が長期休暇中の住み込みの仕事でお勝手に入った一日目のことだった。備品の定位置ひとつ分からず、まごつきながら何を質問すべきか私自身が理解する前に、彼は動き回りながら穏やかに口を開く。

「ああ、そこさ、おいてな。だども、網にはかかんねぇようにな。なぜなら…」
※お湯を直接排水溝に流すので、排水溝の一部でも塞がっていると危ない。

「んで、それは、こっち。窓ガラスには、くっつかんようにな。というのはな…」
※外は氷点下10度以下なので、モノを置くと凍ってくっつく。

手短に、しかも非常に論理的だ。見ると、動きにもまったく無駄がない。指示も的確で、しかも常に相手の心を読みながら話す。現場で一緒に仕事をした人は、皆一目を置いていた。彼は中学を出た時から働き始め、山小屋や厨房での仕事を50年以上続けてきた大ベテランなのだ。

ある日、私は寝坊して始業に間に合わず、上司が私の顔色が悪いということで、半ば強制的に休暇にさせられてしまったことがあった。ちょうど、他の従業員も休暇で出払ってしまっていたので、私は彼と二人で夕飯をとることになった。

少しばつが悪い気持ちのまま、私も夕餉の支度をしようとしたが、彼は「飯はおらがつくる」と言って、いそいそと一人で厨房へと向かい、暫くしてニコニコしながら、お盆に小さな土鍋を二つ乗せてお勝手から出てきた。

「これが旨いんだ」と、料理の解説。基本はオジヤなのだが、卵とオカカ、そして鍋の底に昆布を一枚敷くのがおいしさの秘密だ。大人ばかりのところに、高校出たばかりの娘がポンと飛び込んできて、気疲れしていたこと、それと今朝の失敗が、きまり悪かったのを気遣ってくれているのが分かった。

食べながら、体だけではなく、目頭も熱くなってきた。外では、しんしんと雪が降っていた。暖炉では薪がパチパチと音を立てて燃えていた。

土鍋おじやを食べながら、ぽつりぽつりと彼は話し始めた。
「おらは、中学しか出とらんし、学もねえでな。だども、こんだけは言える。人生何があっても金は手元にある分だけ使え。前借りは絶対するな。人生滅ぼすから。おら、どん底見てきたからな。病気のおっかあと二人で、月3万で暮らしたこともある」

聞くところによると、彼がその時暮らしていた漁村では月1万の部屋もあるという。だが、2万で暮らすのは、その当時でも大変なことだったに違いない。

彼はそんな話を悲壮感ひとつ漂わせず話していた。それを聞きながら、これは多分、お金だけのことを言っているのではないな、と感じた。身の丈で生きることを邪魔する誘惑は、世の中にはとても多い。

その次の年、彼は山を下りた。そこでは定年しても居残る人も多かったのだが、聞くところによると、彼は未練一つ残さず、あっけらかんとした笑顔で去っていったという。

冬になると、彼のことを、時々思い出しながら、教わった土鍋おじやを今度誰に作ってあげようかな、と思ったりする。 幸福な記憶はいつも雪景色とともにある。


※この記事は2006年に書いたもののアーカイヴです。
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by mikeneko301 | 2013-11-10 21:08 | 記憶



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