CAT'S EYE(猫の視点)

カテゴリ:雑感( 3 )

 blue/azul

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ごく幼い頃は多くの国籍の人達が常に自分の周囲にいた。
窓から見える雪景色や、白檀の香り、あるいは両親の歌うサンスクリット語の歌とともに、多くの種類の言語が、まるで家具の一つ一つのように、私の風景の一部となって環境を創りだしていた。

全ての言語には、独特の言い回しや、その言葉の持つ色合いのようなものがある。私が拙い英語で話しているとき、ふだん日本語で話している時、私の周囲にある全ての事物の陰影は、全く違う見え方をする。

言語は、その時代、その土地の人間の精神構造の指標のひとつだと思う。なぜなら、言語は環境を作り出す一つのファクターであるし、ほとんどの人は、世界を捉えるときに媒介として言葉に多くを頼るからだ。

これは意味上のことにおいてもそうだし、音の持つ響きが作り出すバイブレーションについても言えることだと思う。

たとえばblueとazulは英語とスペイン語で青という意味なのだが、その音の響きから想起する青は、果たして同じ青なのだろうか。

私に関して言えば、青、blue、azulは同じ青でも、それぞれが全てニュアンスの違う色彩のように感じられる。また、そうであるが故に土地が違うもの同士のコミュニケーションは時として壁にぶつかることがあるのだと思う。

意味においては、こんな例もある。古代ギリシャ語に“ポポイ” という読み方をする単語があるのだが、これを日本語訳すると「愛」あるいは「哀」。古代ギリシャ人の感性では、愛と哀しみは、コインの表裏のような関係にあったことが窺える。さらに、その「愛」と「哀」の持つ意味すらも、現代とは少し違っていたのではないかと思う。

愛しさと切なさに関する表現は、日本の文学なんかにも度々出てくるが、“ポポイ”の二つの意味を同時に表記する単語は今の日本語にはないし、英語にも適当な単語がない。 愛、哀しみ、love、sadnessとハッキリ分かれている。日本においては、古典文学で使われる“もののあはれ”が少しは近いのだろうか。

コトバは死ぬのだろうか、コトバはどこに行くのだろうか。
今のこの世界で“ポポイ”を感じられる場所はあるのか。
それともそのコトバはすでに死んでしまったものなのか。

時の断層の中に埋もれてしまった言葉や感情が、実は、たくさんあるはずだ。意味づけはいらない。掘り起こしたものをただ眺めたいのだ。

幼少期のあの風景は、もう二度と見ることはできないが。
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by mikeneko301 | 2012-11-05 22:48 | 雑感

敗北の果てに見る風景

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子どもの頃は、自分の知っている世界の範囲がまだ狭いにもかかわらず、目にする風景は現在のそれと比べて広かったように思われる。本当に幼かった頃、たとえばまだ少ししか歩くことができず、一日の大半をベッドで過ごした頃、自分の意識は常に外界に向けられていた。その代わり自我と向き合うことは無かった。

ところが成長するに従い、意識が自我すなわち内面に向かっていく頻度が高まるにつれて、風景は徐々に狭まってきた。外界に関する知識が以前よりも増しているにもかかわらずである。このことは、風景というものが自我に対して対立的に存在していることを示しているのであろうか。

しかしながら、自我に向かい時には葛藤している時でさえも、自分の周囲にある風景は存在しているのである。ただ、その見方は明らかに違ってくる。風景というものは、見ているその人の心情や世界観を映す鏡である。もし、誰か別の人と同じ風景を見ている人がいたとして、彼らの魂が入れ替わったとしたらどうであろう。おそらく目にしている事物は何一つ変わらないにもかかわらず、彼らは世界のあまりにも大きな変貌振りに驚くに違いない。身体や自分達の置かれている状況や心情の違いが世界観の違いを生み出し、目にする物理的な事物を用いてそれぞれの風景を創り出しているからである。風景は自我に対して対立的に存在しているのではなく、内在的に存在しているのだ。

時として、何かに思い悩んだりした末に、ふと視界が開けるような気持ちになり、何らかの結論に辿りつくことがある。敗北という体験も、同じような感覚を引き起こす。およそスポーツであるにしろ、精神活動であるにしろ、闘争の相手は結局のところ自分自身の自我であることが多い。

風景は、それが敗北という形であれ他の形であれ、それらの闘争に区切りがつき、自我に向ける我々の眼差しが一瞬ゆるんだ時に、それまでとは違う思いもよらない方向から意識の中に滑り込んでくるのである。そのような時に見る風景は、時として悲しいほどに美しく、何か懐かしい気持ちにさえさせることがある。恐らくそれは、外界に向ける視線、すなわち意識の強度が一瞬幼い頃のそれと似るため、そう感じるのだろう。

そして人は、自我に向ける視線を消し去ることにより、永遠にその風景の住人になることを潜在的に望んでいるのだ。


※19歳の時に藤原新也の『幻世』にあるエッセイ「四十二・一九五キロの旅」からインスパイアを受けて書いた文章。
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by mikeneko301 | 2012-10-17 21:26 | 雑感

Nahual Garden

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鎌倉山に入ると森を吹き抜ける風が少しひんやりとし、シャワーのように降り注ぐ蝉時雨が心地よかった。
ミンミンゼミに時々混じるツクツクボウシの鳴き声は、都内ではいまだ真夏日が続いているものの、季節が確実に秋へと向かっていることを告げていた。

その日は知人が主宰しているナワールガーデンという鎌倉のオルタナティブ文化の拠点ともいうべき場所の有機栽培農園の公開日だったので、かねてより、そこで農業を学びたいと思っていた私は2か月振りに訪れることにした。

私がナワールに惹かれるのは、同調できる宇宙観とコンセプトのある場所であることと、集まる人それぞれが自分の文化や旅の背景を持っていること。そこには命の強度を強く感じさせながらも、静かで優しい空間があり、それがとても心地よいと感じていた。

ナワールの畑には直線的な畝がない。一見すると雑然としていて、どこに何が植わっているのか
すぐには分からない。見慣れない作物も多い。同じ種類の作物でもクラスター状にちりばめて植えたり、ヘビのように蛇行した形の畝があったりする。

最初にこの畑を作ったアーティストDavid氏はそれを半分は自分のアートとして造形的に作ったのだと言っていたが、作物同志のコミュニティデザインでもあると言っていた。

たとえば米と麦を同じ場所で栽培した際に先に枯れた稲が麦の苗床となる。それと同じことが他の作物にも言えるらしい。
相性が悪ければ光や養分を取り合うことになるが、良ければ米が麦の苗床になるように役目を終えた作物が次の作物の土壌になったり、ゼラニウムがハーブにつく害虫を追い払う役目を担ったりと、互いに補う存在となる。

何がよくて何が悪いということではなく、それぞれをどう組み合わせて関係を作っていくのかによって結果が変わっていく。それは人も植物も同じだと感じた。

解説を聞いているうちに、最初は混沌として見えた畑が徐々に一定の秩序を持つ風景へと変わっていった。

作物の名前と、それがなぜそこに植えられたのかを聞くたび、それまでは茫漠としていた視界の向こうに、目には見えない地図が描かれていくのが見えた。

その後母屋に戻って、畑で採れたハーブティーをみんなと飲んだ。インド原産のバジルがアムリタのように香りが良かったので、余っている株を譲っていただいた。今自宅で育てて毎朝いれて飲んでいる。

自宅で栽培している株が増えていったら、他の人にも譲ってあげよう。

いつも同じメンバーが一緒にいるわけでもなく、そこに集った時の気持ちが形を変えて伝搬していく。このようにしてナワールは静かに広がっていくのかもしれない。
植物の種が風に乗って旅することにも似て。

また、近いうちに、今度は秋の農作業を手伝いに行こう。
できれば何かささやかな「おみやげ」を持って。
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by mikeneko301 | 2010-08-17 11:35 | 雑感



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