CAT'S EYE(猫の視点)

土鍋料理の翁

その声は鼻歌のようにも聞こえたし、ときには倍音のように聞こえることもあった。私はそれを聞くのが好きだった。

彼はいつも腰をかがめて、せわしなく歩きながら、始終ぶつぶつと時には、同じことを何度も呟いている。それを見て気の毒そうな顔をしたり、「もう年だから…」と言うのは、彼と仕事をしたことがない証拠だ。

彼のつぶやきに耳をすませば、彼という人がわかる。一つひとつを口に出しながら、朝から晩までの仕事の段取りを全てシミュレートしているのだから。

驚いたのは私が長期休暇中の住み込みの仕事でお勝手に入った一日目のことだった。備品の定位置ひとつ分からず、まごつきながら何を質問すべきか私自身が理解する前に、彼は動き回りながら穏やかに口を開く。

「ああ、そこさ、おいてな。だども、網にはかかんねぇようにな。なぜなら…」
※お湯を直接排水溝に流すので、排水溝の一部でも塞がっていると危ない。

「んで、それは、こっち。窓ガラスには、くっつかんようにな。というのはな…」
※外は氷点下10度以下なので、モノを置くと凍ってくっつく。

手短に、しかも非常に論理的だ。見ると、動きにもまったく無駄がない。指示も的確で、しかも常に相手の心を読みながら話す。現場で一緒に仕事をした人は、皆一目を置いていた。彼は中学を出た時から働き始め、山小屋や厨房での仕事を50年以上続けてきた大ベテランなのだ。

ある日、私は寝坊して始業に間に合わず、上司が私の顔色が悪いということで、半ば強制的に休暇にさせられてしまったことがあった。ちょうど、他の従業員も休暇で出払ってしまっていたので、私は彼と二人で夕飯をとることになった。

少しばつが悪い気持ちのまま、私も夕餉の支度をしようとしたが、彼は「飯はおらがつくる」と言って、いそいそと一人で厨房へと向かい、暫くしてニコニコしながら、お盆に小さな土鍋を二つ乗せてお勝手から出てきた。

「これが旨いんだ」と、料理の解説。基本はオジヤなのだが、卵とオカカ、そして鍋の底に昆布を一枚敷くのがおいしさの秘密だ。大人ばかりのところに、高校出たばかりの娘がポンと飛び込んできて、気疲れしていたこと、それと今朝の失敗が、きまり悪かったのを気遣ってくれているのが分かった。

食べながら、体だけではなく、目頭も熱くなってきた。外では、しんしんと雪が降っていた。暖炉では薪がパチパチと音を立てて燃えていた。

土鍋おじやを食べながら、ぽつりぽつりと彼は話し始めた。
「おらは、中学しか出とらんし、学もねえでな。だども、こんだけは言える。人生何があっても金は手元にある分だけ使え。前借りは絶対するな。人生滅ぼすから。おら、どん底見てきたからな。病気のおっかあと二人で、月3万で暮らしたこともある」

聞くところによると、彼がその時暮らしていた漁村では月1万の部屋もあるという。だが、2万で暮らすのは、その当時でも大変なことだったに違いない。

彼はそんな話を悲壮感ひとつ漂わせず話していた。それを聞きながら、これは多分、お金だけのことを言っているのではないな、と感じた。身の丈で生きることを邪魔する誘惑は、世の中にはとても多い。

その次の年、彼は山を下りた。そこでは定年しても居残る人も多かったのだが、聞くところによると、彼は未練一つ残さず、あっけらかんとした笑顔で去っていったという。

冬になると、彼のことを、時々思い出しながら、教わった土鍋おじやを今度誰に作ってあげようかな、と思ったりする。 幸福な記憶はいつも雪景色とともにある。


※この記事は2006年に書いたもののアーカイヴです。
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by mikeneko301 | 2013-11-10 21:08 | 記憶
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