CAT'S EYE(猫の視点)

白紙の中に残るもの —藤本なほ子さんの展覧会にて—

表参道ヒルズの裏手、住宅街の中に表参道画廊はあった。
昨日は藤本なほ子さんのインスタレーション作品「部屋」を友人と見に行った。

地階にある小さなギャラリーに入ると、いくつかのモニターが設置されていた。窓から見える何の変哲もない風景(しかしそれはただの日常を映しているようでいて非常に奇妙なものであることに気がつく)、手紙を書く女性の手。手紙を書く映像で書かれている内容は、他愛のない日常のできごと、旅先のこと。やりとりをしているのは年齢の離れた二人の女性だろうか。

画面に映っているのは紙とペンを持つ手だけ。ゆっくりと丁寧に文字を綴り、時々立ち止まって、次に何を書こうかなと思いを馳せている様子が見て取れる。ただそこに映っているのは手だけなのに、細かな動作というものは、日常意識する以上に実は雄弁なもので、顔は見えないものの書いている人の表情までもが目に浮かぶように思えた。

転じて隣のモニターには、手紙を書き終えたところから映像をゆっくりと巻き戻し、文字をペンでなぞって消していくかのように、一文字一文字が消えていく映像が流れていた。それが酷く悲しかった。なぜなら、書いた文字を消しゴムで消す以上に「消えている」からだ。時間が巻戻るということは書いたという事実ごと消えてしまう。そして、その書いた思いすらも消えていくような寂しさがそこにあった。私はその場に立ち尽くし、最後の一文字が消える瞬間までを凝視し続けていた。

するとどうであろう。最後の一文字が消え、白紙だけがそこに残った瞬間。それまで感じていた寂しさが消え、何もないのに全てがそこに在るような安堵感を覚えた。そう、白紙の手紙の前には、これから誰かに何かを伝えようという意志がそこにあるように思えた。

なんとなく静かに満たされた気持ちになり、ギャラリーを出ると、藤本さんがお茶を入れてくださった。じんわりと芯からあたたまりながら、少しの間作品についてお話を伺うことができた。
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by mikeneko301 | 2012-11-04 20:37 | 本・音楽・アートなど
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