CAT'S EYE(猫の視点)

intensity into the boundary

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「人は無限の中、定義できないもの中で生きることは
 できない。われわれには制限が、境界が必要だ」
(「魂と弦」 イヴリー・ギトリス)


あなたと私の境が無ければ、

私は私として存在することはできない

未知を知ること、有るものを有らしむために

それは空と海の境界を探す旅と似ているかもしれない

生きる、ということは…


何を見るにしても、考えるにしても、そこには常に
「何故私はここにいるのか?」という素朴な疑問がある。

以下「未来からの贈り物(宇宙物理学者フリーマン・ダイソン) からの抜粋メモ

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Q:”心”とは何か、ということを科学的に定義していただけませんか?

私にとって、今の時点で心を科学的に定義することは何の役にも立ちません。それは私たちは心について実は何も知らないという事実を隠してしまうからです。

Q:このインタビューであなたは何度も「私にはわかりません」とおっしゃいます。宇宙を前にしたとき、それはとても大切な姿勢だと思うのですが・・・?

その通りです。偉大な物理学者だった私の恩師のリチャード・ファイマンはこう行っています。「疑問とは理解を妨げるモノではない。疑問こそ理解のエッセンスだ」と言っていました。ですから私が”わからない”と言うときはわかりはじめているという意味なのです。

Q:”わかっていない”という事を知ることが理解の始まりだと思うのですが・・・?

ええ、そして知らない事が多ければ多いほど理解するチャンスが増えると言うことなんです。

Q:それが私たちがココにいる理由ですね!

その通り!

 たしかに、私たちには生きていると言うだけで一つの満足感があります。しかし、人間はさらにずっと大きな自分を越えた目的を持つこともできます。実際人間は自分よりずっと大きな目的に関わっていたほうがより幸せなのです。それが宗教を生みだし社会をうごかしてきた原動力なのです。

 人間には自分の一生という限られた時間を越える目的が必用なのです。その目的が何なのか客観的にはわかりませんが、私たちはそれを探し求めています。私自身はこの宇宙には私たちの創造を遥かに越えた大きな目的があると信じています。それが何であるのか私にはわかりません。

 私は自分が人間であるという事実についてはさほどの驚きはありません。つまり、宇宙のどこに生まれようとも何らかの体を持っていなければならないからです。おどろくのは私たち人類はまだとても幼いということです。天文学的な視点から見ると、人間はまだちょっぴりと脳のある猿にしか過ぎない。それなのに、こんなにも沢山のことを理解している。私がおどろくのは人間が全てを理解していないという事ではなく、少しでも理解しているという事なのです。
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by mikeneko301 | 2012-10-04 22:27 | 本・音楽・アートなど
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