![]() オーム社の月刊誌『設備と管理』に「風景を彩るモノ」というエッセイを書くようになってから、ちょうど5年経つ。編集部の方々には申し訳ないのだが、毎度ギリギリになるまでテーマが決まらず、締め切り数日前になってようやく重い腰を上げ、カメラを片手に関東界隈をウロウロし始める。 2月、雪が降った次の日に庭園を歩いて数十分。今回はなぜか思ったような写真が撮れずにいた。 JR浜松町駅から徒歩約10分の位置にある浜離宮恩賜庭園は、オフィス街の真ん中にあるため360度ビル群に囲まれている。そのため庭園の写真を撮ろうとファインダーをのぞけば、必ずと言っていいほど、日本庭園の風景の向こうに高層ビルが入ることになるのだ。 休憩所のベンチに座り缶コーヒーを飲みながら、これからどうしようかと考えていたところ、ふと昨晩読んだ本に書かれていたことが頭に浮かんだ。 それは、ミシェル・フーコーがかつて考察した監獄とユートピアの相関関係について、ある編集者が言及したエッセイで、ユートピアを目指すほどにその空間は不自然で病理的なものになっていくという話であった。 そのとき、納得のいく写真が撮れないのは、それまで庭園の写真を撮る際にファインダー内からビルを無意識に外していたからだということに気がいた。そして、ここ最近自分の書く文章や撮る写真に行き詰まりを感じている原因が、そこにあるということにも。 写真を撮るということは、恣意的に風景を切り取るという行為だ。 それはともすると自身が勝手に描いたユートピアに風景を閉じこめることにもつながる。 意図してそのような写真を作品とする技術もあるが、それは今自分がすべきことではないように思えた。 私はユートピアの病理は狭量さにあると考える。 自身の内面にあるものであれ国家レベルのものであれ、ユートピアに向かう行為はその空間に関わる人の心に狭量さと排他性を生む。 ファシズムであれ共産主義の行き過ぎた思想統制であれ、その背後にあるのはユートピアを求める意思があったのだと思う。だが、それがどのような悲劇を生むことになったかは、20世紀の歴史がすでに証明している。 私は無意識のうちに自然庭園というユートピアを作ろうと私の風景からビルを排除していたのだ。 コーヒーの缶をゴミ箱に投げ込むと、今度はビルに囲まれた日本庭園として浜離宮の風景を切り取ってみることにした。庭園の木々の向こうにそびえるオフィスビルやタワーマンション。それが、現代における自然な浜離宮の姿だと思えた。 自然風景の模倣であるにせよ庭園もまた人工物に変わりない。そして人もまた自然の一部と考えるなら自然物と人工物の境界も本来はないはずだ。 ![]() 鎌倉山に入ると森を吹き抜ける風が少しひんやりとし、 シャワーのように降り注ぐ蝉時雨が心地よかった。 ミンミンゼミに時々混じるツクツクボウシの鳴き声は、 都内ではいまだ真夏日が続いているものの、季節が 確実に秋へと向かっていることを告げていた。 その日は知人が主宰しているナワールガーデンという 鎌倉のオルタナティブ文化の拠点ともいうべき場所の 有機栽培農園の公開日だったので、かねてより、 そこで農業を学びたいと思っていた私は2か月振りに 訪れることにした。 私がナワールに惹かれるのは、 同調できる宇宙観とコンセプトのある場所であることと、 集まる人それぞれが自分の文化や旅の背景を持っていること。 そこには命の強度を強く感じさせながらも、静かで優しい 空間があり、それがとても心地よいと感じていた。 ナワールの畑には直線的な畝がない。 一見すると雑然としていて、どこに何が植わっているのか すぐには分からない。見慣れない作物も多い。 同じ種類の作物でもクラスター状にちりばめて植えたり、 ヘビのように蛇行した形の畝があったりする。 最初にこの畑を作ったアーティストDavid氏はそれを半分は 自分のアートとして造形的に作ったのだと言っていたが、 作物同志のコミュニティデザインでもあると言っていた。 たとえば米と麦を同じ場所で栽培した際に先に枯れた稲が 麦の苗床となる。それと同じことが他の作物にも言えるらしい。 相性が悪ければ光や養分を取り合うことになるが、 良ければ米が麦の苗床になるように役目を終えた作物が 次の作物の土壌になったり、ゼラニウムがハーブにつく害虫を 追い払う役目を担ったりと、互いに補う存在となる。 何がよくて何が悪いということではなく、それぞれを どう組み合わせて関係を作っていくのかによって結果が 変わっていく。それは人も植物も同じだと感じた。 解説を聞いているうちに、最初は混沌として見えた畑が 徐々に一定の秩序を持つ風景へと変わっていった。 作物の名前と、それがなぜそこに植えられたのかを聞くたび、 それまでは茫漠としていた視界の向こうに、目には見えない 地図が描かれていくのが見えた。 その後母屋に戻って、畑で採れたハーブティーをみんなと飲んだ。 インド原産のバジルがアムリタのように香りが良かったので、 余っている株を譲っていただいた。今自宅で育てて毎朝いれて 飲んでいる。 自宅で栽培している株が増えていったら、 他の人にも譲ってあげよう。 いつも同じメンバーが一緒にいるわけでもなく、 そこに集った時の気持ちが形を変えて伝搬していく。 このようにしてナワールは静かに広がっていくのかもしれない。 植物の種が風に乗って旅することにも似て。 また、近いうちに、今度は秋の農作業を手伝いに行こう。 できれば何かささやかな「おみやげ」を持って。 今日、友人とICCでDumb Typeのmemorandum という作品を観た。 人は目の前に散りばめられたフラグメントを見ると、 無意識のうちにそれらを思考の中で秩序立てて 一定の文脈を探そうとしてしまうのだろうかと思う。 たとえば夜空に散らばる星々の中に星座を見いだすように。 爆音とともにフラッシュバックのように移り変わる映像。 右から左へと高速で流れ続ける数列。 メモ帳に殴り書きされる言葉、部屋のレイアウト。 しかし次の瞬間にそれらは破り捨てられ、 ただの紙くずとなる。 それらを目で追いながら、いかに自分の脳が事物に 法則性や秩序を見いだす習慣を身につけてしまったか を思い知らされる。 メモ、ランダム、記憶。 今の自分のアイデンティティや世界を構成しているのは、 それまでの人生と我々が思いこんでいるものの連続的な 過去の記憶だ。 たぶん私達は無意識の内に事物と事物の間に 言葉という境界を挟み込み、意味を見いだそうとする。 バラバラのピースを編集し、ひとつの文脈を作り上げ、 意識の鏡が映し出す風景を世界と思いこみ安住する。 そうすることで、安心しようとするのだ。 しかし、あえて今、それらを疑ってみる。 見ようとしていないだけで、本当は知っているはずだ。 いかに記憶や認識というものがいい加減なものなのか。 肩を並べる私とあなたが見ている風景が驚くほど違うことを。 事物と事物の境界を溶かし、意味の枠を取り払ってみる。 すると新しい世界が見えないだろうか。 次々と作り上げられては破壊されていく文脈は、 見ていて清々しくすらあった。 それは、自分で作り上げた意味という呪縛の中、 予定調和的に見続けている世界を、私の無意識が ほんの少し息苦しく感じていたからかもしれない。 ![]() Christophe Goze はフランスのギタリストで、ジャンルで言うと フュージョン×エレクトロニカ×トライバルといったところ。 でもHIP HOPとジャズを組み合わせたり、色々と実験的なサウンド 造りをしていることもあて、なかなか区分分けが難しいアーティスト ですが、私が一番好きなアーティストでもあります。 初めて聴いたのは、2003年のミラノコレクションの音源を聴いて いたとき。シタールとギターの絡みとパーカッションがあまりに 格好良くて一発でとりこになってしまったのでした。 その曲がこれ。「Mañana」 以来、時々イベントでDJするときは必ずと言っていいほどかけています。 そして問い合わせ率も高い(笑)。すごくいいのに国内で知られていない アーティストって多いです。だからこそ、探したりコアな音楽好きと 情報交換をする楽しみもあるのだけど。 Christophe Gozeは、BAR DE LUNEというUKのレーベルから何枚か アルバムを出しています。このレーベルはワールドミュージックと エレクトロニカを融合させたchill系のサウンドをたくさん出しているので、 そういう系統が好きな人には特にお勧めです。
先月だったか、北米の原住民に伝わる、
石に刻まれた象形文字についての夢を見た。 そもそも先月にこの夢を見たから、 最近久しぶりに先住民関係の資料を引っ張り出したわけで。。。 現実では、象形文字の内容は未だ全てが明らかにされたわけではないが、夢の中ではそれらの一つひとつが戯曲になっているという設定。 戯曲は、あらゆる年代や立場に応じたものが叙事詩のように描かれていて、それぞれにふさわしい立場の者が、しかるべき時に触れることになっている。たとえば妊婦のための戯曲に壮年期の男が触れることはない。同じ女が年老いた時も然りである。 夢の中で私は象形文字が刻まれた岩盤の一つをそっと撫でる。 すると物語が私の意識の中に流れ込んでくる。 私は森に棲む一匹の狼だ。 かつては多くの兄弟同朋と共に暮らしていたこともあったが、 同朋たちはすでに皆遠くへと旅立ってしまった。 あの星空の彼方へと旅立って行ったものもいる(※)。 再び会うことはないだろう。 (※夢の中でその言い回しは「死」を意味することになっている) 耐えがたいほどの孤独感で私の胸は張り裂けそうだ。 しかし獣である身では泣くこともできない。 そのやるせない叫びが喉を震わせて夜空に、森にこだまする。 するとどうだろう。 姿こそは見えないが、同じような遠吠えが木々の向こうから、 かすかなれど、あの山の向こうからも聞こえてくる。 皆それぞれの孤独の中を生きている。 私と彼ら、あるいは彼ら同士が同朋となることはない。 故に遠吠えを聞きあったところで孤独感が癒されることはないのだ。 そこに年老いた山猫がやってきた。 言葉は通じないが土地勘があることから察すると 彼女はかつてここに棲んでいたことがあったらしい。 私は狼だ。 そして腹を空かせている。 自然の摂理に従うなら彼女を捕って食べるべきなのだろう。 弱って横たわる彼女の毛を繕いながら思う。 しかしたとえ摂理に背こうとも、 たとえ一方的な想いだとしても、 私は彼女の友人として彼女が永遠に眼を閉じ、 土へと還るのを見守りたいと思うのだった。 # by mikeneko301 | 2010-06-02 20:30
![]() あの日差しの面影はどこへ 冷えたアスファルトの ざらりとした触感にさえ 夏の残照の温もりを思い出す 追憶の先に在りし日を 追い求めるように わたしたちは 終わり行く夏を愛おしむ ウィンドウ越しの風景は幼き面影を映さない 木漏れ日の中 時間は音もなく飛び去る 喧噪も哀しみもかき消しながら 追憶の先に在りし日を 眺めるかわりに わたしたちは 今を愛おしむ そして見つめた過去は 一瞬にして未来へと変わるのだ 夜となく昼となく 空の色彩を追いかけて うつす瞳を仰ぎ見る 風に背中を押されて 流れる雲の影を また追いかける だから 今 その手を離さないで ![]() 家の前のシダレザクラがほころびかけている。 あと一週間もすれば、きっと満開になるはず。 今年も春がきた(冬がなかった気がするけど)。 ともすれば自然は、人里離れた場所や人工的な公園内 にだけあると思われがちだけど、実は都内にも、いたるところに 動植物は生息・生育している。 たとえば、マンホールの縁、ひび割れたアスファルトの隙間にも、 こうして苔や雑草が生育している。 こうして見ると、原生林の中で見る大木などとは、また違った 意味で生命力の“強さ”のようなものを強烈に感じてしまうことがある。 地表を覆う人工物という境界を、いとも簡単に突き破る力。 もし数十年間放っておけば、西新宿の高層ビル群だって 原っぱのようになってしまうはずだ。 「地球に優しく」「自然を守れ」などと薄っぺらな言葉を人間たちが 投げつけあっている間にも、人知れず、したたかに彼らは生き続けている。 ![]() その日は朝の5時起きで、会社の大掃除で一日中肉体労働だったから、 会場に着いた20時過ぎには、体はとっくに限界にきているはずだった。 それでも踊らずにいられなかった。音を全身に満たしながら。 今年で閉店になるヴェルファーレでの最後の公演。 今回は、BODY&SOULでも、まちがいなく特別な日だった。 世界のトップに立つ3人のDJ、ダニー、ジョー、フランソワの 本気度が桁違いだったのだ。 ![]() 頭ではなく、身体で聞くこと、魂を開放すること、 そして肉体と魂の境界を溶かして、空間と一つになること、 それがBODY&SOUL。 ここでは、音楽のもとに全ての人が兄弟姉妹となる。 音が震わす空間から降りてきた音楽の神が、みんなを一つにする。 そして、一人一人の魂が空間となり、融合し、至福の時を創り出す。 踊りながら私は、この街を、海を、空を、大地を感じていた。 空を駆けることもできたし、海に潜ることだってできた。 ![]() ![]() 初対面のひとたちとだって、すぐに仲良くなった。 住んでる場所も、世代も、国籍もちがうかもしれないけど、 この空間を、音を愛しているから、気持ちは一つなんだ。 そして、周りを見ると、至福の表情で踊る仲間たちがいた。 会ったみんなとハグをして、キスをして、笑いあった。 いつだって、どこでだって、ときどきしか会わなくても、 私たちはいつも一緒にいるんだ。 年をとったって、天国に行ったって、きっとそうでしょ? ![]() ![]() ヴァイブのグルーヴが渦をつくった、龍神が空を舞うように。 プリミティブなパーカッションのテンションが、限界を超えた。 歌い、獣のように叫びながら、私たちは踊った。 そして、意識は空白となった。 肉体も、魂すらも、そこにはなく、ただ愛と至福があった。 数時間にわたるアンコール、 MCの直後にかかった「Stay This Way」はメッセージだった。 みんな大好きだから、 心から愛しているから、 ここに、一緒にいて欲しいんだ 涙があふれてきた。 みんなの手を握り、爆音の中、声はほとんど聞き取れなかったけど、 言っていることは、お互いに、みんなわかっていたはずだ。 「いてくれて、ありがとう」「出会ってくれて、ありがとう」 ダニー、ジョー、フランソワ、3人のDJやオーガナイザーにはもちろん、 クルーや会場のスタッフ、エンターテインしてくれたダンサーたち、 あの空間を共有した仲間たち、会場で出会った全ての人に、ありがとう!! 今度は野外らしいけど、また5月、あのDJブースの前で! 心からの愛とリスペクトを込めて。
老いてますます盛ん(?)なラテンロックの雄、サンタナの
The Birth of SantanaをiTuneでダウンロードして聴いている。 iPodに入れたら最後、朝っぱらと通勤帰りはループしっぱなし。 これ、サンタナがデビューする直前の音源を集めたものなのだけど、 かなりヤバイ。 ギターが歌う歌う、かっこよすぎ! 「Jingo」、「El Corazon Manda」…聴きどころ盛りだくさん。 70年代ロックが好きな人は必聴だね! エリック・クラプトンとのコラボのCallingは、私の中の永遠のアンセムで、 携帯の着メロにも使っているぐらいなのだけど、このこぶしの効いた ギターのうねりを聴くと、クラプトンとの相性の良さが改めて分かる。 あの二人のギターの掛け合いは、何度聴いてもしびれる。 そういえばサンタナは、まだ一度も生で聴いたことがない。数年前に同じ時期に 来日していたクラプトンがスペシャルゲストで飛び入りしたんだっけ。 今度来たら行こうかなライブ…。
Besame, besame mucho,
como si fuera esta noche la ultima vez Besame, besame mucho... que tengo miedo de perderte, de perderte despues... もっとキスをして まるで今夜が最後であるかのように もっとキスをして 後であなたを失ってしまうのが恐いから... 戦後1940年代のヒットソング(作曲されたのは戦前) Besame Mucho(ベサメ・ムーチョ)を作曲したメキシコの コンスエロ・ベラスケスが他界したのは去年のことだった。 Besame Muchoは、彼女が21歳のとき、彼女の友人の話に インスパイアされて一気に書き上げた曲だったという。 そのエピソードというのは、長い間入院していた友人の夫が 何かのはずみに、自分の死期が近いことを知り、生き残る妻に 「死にゆく自分のために、もっとキスをしてほしい」とせがむ、 というものだった。 歌詞の切なさと、憂いを含むメロディーラインが人々の心に 訴えたのは確かだが、それ以上に、あまりに多くの人々が 第二次世界大戦で死んでいったことも、この歌が世界的に ヒットしたことと無関係ではないだろう。 愛する人を残して、死にゆく人々の悲しみ、 避けられない死によって、愛する人と引き離される人々の悲しみ、 1940年代に、この曲がラジオから流れたとき、 多くの人々が、この歌の裏にある背景と、自身の追憶の 中にある面影とを、心の中で重ねたに違いない。 消すことのできない想いとともに。 だから、この歌はふつうの状態の男女の愛を歌ったもので あってはならなかった。なぜなら、目前に迫る「永遠の終わり」 を知るからこそ、今この愛が燃え上がるからだ。 だが、この歌に限らず、このような切なさを生む心の動きは ラテンアメリカの音楽や文学では、よく扱われるテーマだ。 死にゆく恋、全てを捨ててあてどなく亡命する男、追憶の面影と いった内容が、ラテンアメリカの音楽では、しばしば歌われる。 私はラテンアメリカの文化が持つ、この性質が好きだ。 終わりを、限界を、確かに見据えているからこそ、 絡み合った生と死は、永遠の追憶へと焼き付くかのように 燃え上がる。そして、涙さえも、乾いた風の彼方へと散っていく。 愛はいつも悲しみと表裏一体なのかもしれない。 古代ギリシャ語のポポイ(愛/哀)という単語が示すように。
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