CAT'S EYE(猫の視点)

【THE BIG PARADE 2014】 デジタル時代のヒットチャートとは?

e0089531_22190393.jpg

音楽とテクノロジーの祭典『THE BIG PARADE 2014』 が9月13〜15日にかけての3日間、代官山界隈の複数の会場で開催されました。

最終日となる9月15日13時からDigital Garage社内で開催されたセッション「デジタル時代のヒットチャートとは?」 は、長年低迷し続ける日本の音楽市場への問題意識の高さを反映してか、音楽業界関係者やメディア関係者を中心に200人の席がほぼ埋まるほどの盛況ぶりでした。

登壇者は、シルビオピエトロルオンゴ氏(ビルボード チャートディレクター)、野本晶氏(Spotify Japan株式会社

モデレータは、ジェイ・コウガミ氏(All Digital Music ブロガー)です。


世界最大のストリーミングサーヴィスSpotify

ビルボードは言わずと知れた、音楽のヒットチャートの代名詞ともいえる米国の音楽媒体ですが、Spotifyは日本ではまだサーヴィスインしていないこともあり、国内の知名度はまだあまり高くありません。

現在2000万人を超えるユーザを持つ世界最大手の音楽ストリーミングサーヴィスSpotifyは、早期からCDの売上が落ちて違法ダウンロードコピーが横行してしまった北欧で、カウンター的に興された事業に端を発しています。そのことが現地のラジオ局との連携につながり、ストリーミングサーヴィスが広がる下地となりました。


ビルボードチャートディレクターから見た音楽市場とヒットチャート

シルビオ氏は、今の音楽市場の現状を、アルバムセールスが下落の一途を辿り、その一方でトラックセールス(iTunesなどで曲単位に売ること)やストリーミングサーヴィスが市場を伸ばしていると分析します。

それらを受けてビルボードでは現在、従来のシングルチャートの他、ユーザが投稿するYoutubeの再生回数なども含むストリーミングチャートとソーシャルチャートを発表しています。

※詳細はコウガミさんが以前にブログで解説していました。「Twitter社と米Billboard、ソーシャル上で人気の音楽がリアルタイムで把握できるチャート「Real-Time Charts」を開始」

ストリーミングチャートはユーザの音楽への定量的なリーチを指標とします。購入の有無に関わらず、音楽がユーザにリーチされる頻度や接触の仕方などが解析の対象となります。

一方、ソーシャルチャートはやや定性的な分析の仕方となります。ストリーミングの再生回数などの他、ファンによる、アーティストや楽曲などに対する言及の仕方が解析の対象となります。


ヒットチャートの指標をどこに置くか

野本氏によれば、Spotifyでは本人の周囲にいる人同士で趣味趣向が影響を受け合うことによりチャートが変化するソーシャルチャートをより重視しつつも、従来のシングルチャートも見られるデザインにしているとのことです。また、自分が最近よく聴いた音楽を可視化する「My Ranking」というコーナーもあります。

ストリーミングチャートの指標となる解析の対象は、国によって異なり、たとえば音楽業界の体質が日本と比較的近いといわれているドイツでは、有料のストリーミングサーヴィスのみが対象となり、無料のストリーミングサーヴィスのリーチ数は除外されています。

ジャパンビルボードでは、201312月からTwitterグレースノート社 のデータを合算したチャート「Japan Hot100」を出しています。それまではCDなどのパッケージ販売とiTunes配信、ラジオ局でのオンエアのみが指標でした。しかしシルビオ氏はヒットチャートの指標について、日本ではTSUTAYAなどでレンタルされた楽曲は、数値的には無視できないはずなのにチャートを出す際に解析対象になっていないことを指摘してます。


ヒットチャートがコンテンツにもたらす影響

セッション後半にさしかかり、コウガミ氏は、ヒットチャートがコンテンツに及ぼす影響について質問をします。つまり、チャートのランクインされたことで爆発的なヒットが生まれたり、才能のある新人が発掘されるチャンスがあるのかということについてです。

シルビオ氏は、バイラルによって新人が発掘されてビルボードのトップ10にランクインされた事例について紹介するとともに、アーティストの個性によって見せ方とそれに合うプラットフォームに差異があることについて言及しました。

たとえばインパクトのあるビジュアルや動画演出から楽曲への人気にもつながるなど、ウェブコンテンツへの接触頻度の増加が、ユーザによる音楽の楽しみ方の多様性を生みます。それは同時にアーティストにとってはプラットフォームやサーヴィスを利用するユーザの属性に応じた発表の場や演出を選ぶことが肝要になるということでもあります。

確かなこととして言えるのは、ユーザの反応によるコンテンツの影響力は、チャートの多様性とそれらのブレンドに呼応する形で増しているとのことでした。


音楽マーケティングにおけるビッグデータの活用について

海外においては、ビッグデータを取り入れたマーケット分析が音楽の分野でも取り入れられています。ビルボードはNext Big Sound と契約を結び、SpotifyThe Echo nest を利用しています。

nextbig soundの特色は、アーティストのオンライン・オフラインでの動きをトラッキングしたプラットフォームで、レーベルにとってそのアーティストを、どのような属性のユーザにリーチさせるべきかを解析しています。

一方the econestは、ユーザの動向を解析し、そのユーザが好きになるかもしれない曲をレコメンドするためにビッグデータを活用しています。ジャンルをシームレスにしているのが特色です(たとえばロックを聴いてきたユーザにジャズをレコメンドすることもあるかもしれません)


日本の音楽市場が向かうべき方向

コウガミ氏は日本では「Real-Time Charts」のようなソーシャルチャートもビッグデータもまだ取り入れられていないことに言及しつつ、今後日本のヒットチャートの向かうべき方向について二人に質問をします。

シルビオ氏は、企業によっては全ての情報を透明化したいわけではないかもしれないが、解析自体は進めていくべきで、まずはファンがどのような動きをしていくのかをフォローしていくところから始めるべき。課題はあるが、テクノロジーがそれらを解決していくだろう、とコメントをしました。

野本氏によれば、ユーザの関心を反映させたチャートが人気を持つのは間違いがないということ。これまでも最も影響力のあったのは、リアルな人間関係内の口コミや身近な人からのレコメンドで、それはそのままソーシャルネットワークでの情報伝搬に置き換えが可能であろうと結びました。



[PR]
# by mikeneko301 | 2014-09-15 22:22 | 本・音楽・アートなど

まだ、誰も見たことのないゲーム世界を創るために

e0089531_23235078.jpg


私はどこから来たのだろう、そしてどこへ向かうのだろう

私が私である以前は何であったのか、

この生涯を終え、私が私でなくなった後はどうなるのか

 

この宇宙が今の姿になる前は、何があったのだろう

いや、何も無くただ虚無があったのだろうか

では、何も無い虚無とは一体どのような状態なのだろうか

 

そんな問いは、時折微かな不安とともに浮かんでは来るけれども、次の瞬間には日常を取り巻く些事に意識を奪われ、再び心の奥にしまわれていく。

けれども、きっとこれは人類にとって根源的な問いに違いない。だからこそ、歴史が始まって以来、宗教や哲学、科学や芸術とあらゆる形で、人はこれらの問いにかりそめでも良いから答えを見いだしてこようとしたのだと思う。

その思索の過程を、さらには世界の成り立つ過程をゲームによって追体験をする試み。私は故飯野賢治氏が残し、その仲間が意志を引き継ぎ、さらに多くの仲間を集めて完成させようとしているKAKEXUN(カケズン)制作プロジェクトを、そのように解釈する。

残された企画書という種を芽吹かせるためにクラウドファンディングで資金調達をし、そのムーブメントに引き寄せられて多様な個性を持つ人たちが、今もリアルタイムで協力者として集まりゲームを制作していくプロセスは、それ自体が一つの宇宙を創り出す試みであり、天地開闢の物語となり得る。ゲームはすでに始まっているのだ。

クラウドファンディングの募集はあと3週間弱。誰も見たことのない世界の地平を、併走しながら見ていきたい。


飯野賢治企画・原案のゲームKAKEXUN(カケズン)制作プロジェクト



[PR]
# by mikeneko301 | 2014-04-29 23:22 | 本・音楽・アートなど

【講義録】社会のモンダイを遊びに変えるゲームデザインの考え方

11月12日に東京大学で開催された山本貴光さんによる公開講座の講義録です。遅刻しての参加だったので最初の20分ぐらいは切れています(スミマセヌ…)。また、メモと記憶を頼りに起こしたものなので、ところどころ不正確なところがあるかもしれません。お気づきの点がありましたらご指摘いただければ幸いです。

個人的にはゲーミフィケーションに関心が向いているタイミングでしたので、エンターテイメント以外を目的とする点で共通点の多いシリアスゲームのゲームデザインについての講義はとても勉強になりました。

会場に来ている聴講者達も学生以外の社会人が多く、企業やNGOなどの各種団体職員の方も見られました。ゲーミフィケーションという言葉が聞かれるようになったのは2011年の後半からだったと記憶しておりますが、このようにゲーム的手法がジャンルを超えて注目を集める中、今回の山本さんの講義は多くの方にとって有意義なものとなったのではないでしょうか。


★社会のモンダイを遊びに変えるゲームデザインの考え方★
日時:2013年11月12日(火)18時30分〜
場所:東京大学駒場キャンパス内
http://www.anotherway.jp/archives/001324.html
講師:山本貴光
http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/


【ゲームの要素となるものと、その構造について】
ゲームには、簡単には解決できないモンダイが必要です。簡単には解決できないモンダイやプレイヤーを適度に困らせる仕掛けと、それらを解決する手段が組み合わさることでゲームは作られていきます。

たとえば最初から最強レベルの主人公が魔王を倒しに行くドラクエも、何をしても死なないマリオもゲームとしてはつまらないものになってしまいます。必勝・楽勝ではゲームは面白いものになりません。

プレイヤーにとっては、試行錯誤も楽しみのうちです。選択肢のうち、どれを選んでも、それぞれメリットとデメリットが生じることによるジレンマもあると、なお良いでしょう。

ゲーム内に限らず、多くの物語は幸運と不運を行き来することによって成り立っています。これはカート・ヴォネガットの『国のない男』に詳しく書かれていますので、ご興味のある方は読まれると良いでしょう。でもカフカの『変身』などは一貫して不運ですね。目が覚めたら虫になっていますし、そのまま死んでしまいますから(笑)

※1 参考図書:『国のない男』(カート・ヴォネガット著)

Case1 Cookie Clicker
さて、ゲームの構造について、幾つかの事例をあげて説明しましょう。まずはCookie Clickerというブラウザゲームです。初めに警告しておきますが、このゲームはやらない方がいいです。警告はしましたからね? このゲームの特徴は次のようなものです。

モンダイ:できるだけ多くクッキーを焼け
解決方法:基本的にはクッキーのアイコンをクリックするだけ

ゲームのサイクル:
クッキーのアイコンをクリック

クッキー生産

クッキーを通貨にアイテム購入

クッキー生産率(Cps)向上(自動的に生産してくれるようにもなる)

アイテムは購入する度に値段が上がる

より多くのクッキーが必要

このゲームを進めていくと、真のモンダイは、できるだけ多くクッキーを焼くことではなく、「Cpsを最大化せよ」ということだと解ります。もちろん、そのつどのモンダイ、たとえば手持ちのクッキーで買えるアイテムを今買うべきなのか、次のアイテム分まで貯めるべきなのかということも生じてきます。さっき申し上げたジレンマですね。

正直私はこのゲームを最初に知った時は少しバカにしていましたが、やっていくうちに教科書に事例として載せたほうがいいほど、よくできているゲームだということが解ってきました。

Twitterで話題になっているのを見て仕事の合間にと始めてみたところ、気がついたらこのゲームを進める合間に仕事をしていました。このゲームの没入感が何によって生じるのかは、次の6つの要因にまとめられると思います。

①モンダイが明確
②解決手段が手軽
③行動への反応が迅速かつ明確
④常にゲームの状態が変化している
⑤常にもっとCpsは上がるはずだと思わせる
⑥常に目が離せない

また、ゲームにおけるモンダイの二重性も注目すべきです。
1 物語としてのモンダイ
これは、このゲームの場合、クッキーを焼くということです。

2 遊びとしてのモンダイ ある変数xの最大化を目指す
今回の場合、Cpsクッキーの生産効率ですね。

気がつくと私はCpsのことばかり考えるようになっていました。よりCpsをあげるにはアイテム(クッキーを焼いてくれるおばあさんだけでなく、錬金術で金からクッキーを作る装置など荒唐無稽なものも含めた)が必要で、そのアイテムを買うには、より多くのクッキー、すなわちCpsが必要になります。

このCookie Clickerというゲームの正体は、
貨幣→商品→貨幣
という資本主義の構造そのものだったのです。つまり、これは一見単なるお馬鹿ゲームと見せかけたシリアスゲームだったといえます。


【シリアスゲームをデザインする際の考え方】
シリアスゲームは社会の問題を扱うゲームです。社会とは人々の集合で、そこでのモンダイは人や社会が困ることです。つまり社会の問題を考えることは、人々の幸福について考えることだといえます。

歴史を見ても現代社会を見ても、そこはモンダイの宝庫ですが、まずはモンダイを選んでそのモンダイの模型を作ってみましょう。手順としては次のようになります。

①テーマを選ぶ
②テーマの中のモンダイを設定
③プレイヤーの立場を決める
④モンダイを要素に分解する
⑤要素同士を関連づける

私が以前いたコーエーのゲームで恐縮ですが、『信長の野望』を例に、これらを考えてみましょう。

①テーマを選ぶ
日本の戦国時代

②テーマの中のモンダイを設定
戦乱の時代に天下統一して日本に平和をもたらす

③プレイヤーの立場を決める
一国の君主

④モンダイを要素に分解する
他国の外交と戦争によって隣国を併合して領土を広げる。そのために軍事力と国力を上げていく
国力に関わる要素:町、石高、治水、民忠
軍事力に関わる要素:武器、兵力、兵糧

⑤要素同士を関連づける
軍事力に関わる武器、兵力、兵糧の数値を上げるには金が必要。その金は町の発展に投資することにより多く得ることができる。国力に関わる要素のうち、民忠は金を施すことにより得られ、この数値が下がると一揆などが起きてしまう。石高と治水は兵糧の数値に関わり、これが一定数以上でないと、兵力や武器があっても戦争ができなくなってしまう。

という具合に、ゲームの構造を時には単純化しながら作りあげていきます。

Case2:Crash Town
このゲームの町に出てくるドライバーは軒並み命知らずで、放っておくとそこに何があろうとも全速力で疾走するのですぐに事故が起きます。つまり、放っておくとモンダイが発生し、それに対して何かをせずにはいられなくなるので、プレイヤーが試行錯誤をしてゲームを進めていくというものです。具体的には交差点に信号機を設置し、それが正しく設置されていれば事故は起きなくなります。

ただし、少し物足りないところもあります。一つには、このゲームは各ステージで完結してしまうため、前にやったことの累積によってゲームが有利になったり不利になったりするということがないからです。もう一つは、これが致命的だと思うのですが、一度正解が解るとそれまでで、やり込める要素がないことです。

Case3:Football Defining

(ゲーム内容はメモし忘れたので割愛)

こちらも放っておくとモンダイが発生するという点でCase2と似た性質を持つゲームなのですが、こちらの場合は一つのモンダイに複数の解決方法があり、前にやったこともちゃんと累積していきます。

プレイヤーを招くのは、未解決のモンダイです。まだするべきことや選べる選択肢があると、たとえばCookie Clickerがそうであったように、一度やめることがあっても、再びプレイヤーはそのゲーム画面を開きやすくなります。

【質疑応答】
Q1:真面目さと楽しさのバランスをどのようにとっていけば良いか

A1:ゲームを通して社会の問題を普及していくときに、それがお勉強であると気がつかれると失敗する可能性が高くなります。なので、言葉は悪いですがだますための仕掛けを考えることも大事です。受け手を入り口で楽しませることができれば、すんなりと受け入れてもらえることがあります。
古代ギリシャの思想家ルクレティウスは『物の本質について』(※2)という本を書きましたが、非常に難解な話を詩にして読者にとって馴染みやすいものにしたという事例もあります。

※2 参考図書:『物の本質について』(ルクレティウス著)

Q2:たとえば原発問題のように、そもそも正解とされる答えが出ていないモンダイをどのようにゲーム化することができるのか

A2:原発問題をテーマにするなら、たとえばプレイヤーが原発の運営をするという立場になれば、それを邪魔する仕掛けがいくらでも考えられるので、ゲームとして成立します。答えの出ていないモンダイに対しては、ゲームを通してそのモンダイが簡単には答えが出せないものであることを伝えることもできます。

Q3:ゲームを教育に取り入れて特定のコミュニティ内で実験をした結果を、実体験に応用するにはどうすれば良いか

(メモを書ききれなかったので割愛。どなたか教えてください)
[PR]
# by mikeneko301 | 2013-11-15 15:57 | 本・音楽・アートなど

旅をするときは、できるだけ一人がいい。車窓越しに見える、見知らぬ風景の先へ先へと気持ちを自由に飛ばすことができるから。

友だちと行くのもいいけど、やっぱり一人もいい。たまたま列車で隣り合わせた老人と、話がはずんで、知らない土地や時間を追体験できることもあるから。

あの時はまだ学生で、何人かの友だちとの旅だったけど、夜行列車の中での夜明けは、私一人だった。タイを縦断する列車の空気は独特な匂いがして、北へと向かっていたせいか、少し寒かった。

デッキの窓から外を眺めると、森のはずれに水田が見えて、そこを牛飼いが白い牛たちを連れて歩いているのが見えた。

やがて、昇り始めた朝日が彼らの背を照らした。もやの向こうに見える東南アジアの森、光る牛たちの毛並み。それは何気ない生活の風景にもかからず、荘厳で美しかった。彼らとともにゆっくりと歩いていく牛飼いが聖人に見えるほどに。

その場に感想を言い合う相手がいないことが、いいこともある。その風景は、静かに心の中にしまわれ、時々取り出しては眺められながら、記憶の中でイデア的な美しさを持ったものへと加工されていくからだ。
[PR]
# by mikeneko301 | 2013-11-10 22:43 | 記憶

a flower is not a flower

例えば花瓶に生けられた花を描いている一人の画家がいたとして、 その画家が描いているモノは花だけなのか? そんな疑問があったりする。

中学生の時のことだった。私は水の入ったワイングラスのデッサンをしていた。描くことの8割は観察と思いをめぐらすこと。穴があくほど、グラスを見つめ、時折鉛筆を動かす。

グラスについた結露とグラス越しの風景は、やがて心眼の網膜の中で明け方の草原に光る朝露に変わり、星空と重なった。

その時、グラスがその場に来るまで、どのような経緯を経たのか、あるいはそこに満たされた水は、どのような道を辿ってきたのかという疑問が湧いたりもする。そうしているうちに、ようやく描くべきものが像を成してくるのだ。

絵を描くことは風景との対話だ。それは花を描きながらも、同時にその花の生長の過程で乗り越えた風圧や天候、花瓶の原料となった土の成り立ち、職人の手を感じる時間でもある。



同じようなことが音楽でも言えるのだと気が付いたのは高校生の時だった。イヴリー・ギトリスというイスラエル出身のバイオリニストが来日したとき、私は2階席の先頭で彼の神がかり的な演奏とバイオリンを見つめていたのだが、ふと自分がバイオリンだけを見ているのではないのだということに気が付いた。

半ば意識が遠のくような感覚がして、私は、音楽の黎明期に原始的な弦楽器を奏でる素朴な人々の姿を見た。より良い音をと改良に頭を悩ます職人達を見た。音を媒介に世界の秘密を探ろうとしている作曲家を見た。楽しみであれ、苦難であれ、葛藤であれ、そこは愛に満たされた空間のように感じられた。

バイオリンがその形としてあるのが、改良の結果であるように、今ある音は、その音によってのみ存在しているのではない。あらゆるモノとモノの関係性によって長い時間をかけて生成されたものなのだ。

では、それらを生成する力とは何か?


※以上の文章は過去に書いた記事のアーカイヴです。
2004.10.23 22:20
[PR]
# by mikeneko301 | 2013-11-10 22:36 | 記憶

土鍋料理の翁

その声は鼻歌のようにも聞こえたし、ときには倍音のように聞こえることもあった。私はそれを聞くのが好きだった。

彼はいつも腰をかがめて、せわしなく歩きながら、始終ぶつぶつと時には、同じことを何度も呟いている。それを見て気の毒そうな顔をしたり、「もう年だから…」と言うのは、彼と仕事をしたことがない証拠だ。

彼のつぶやきに耳をすませば、彼という人がわかる。一つひとつを口に出しながら、朝から晩までの仕事の段取りを全てシミュレートしているのだから。

驚いたのは私が長期休暇中の住み込みの仕事でお勝手に入った一日目のことだった。備品の定位置ひとつ分からず、まごつきながら何を質問すべきか私自身が理解する前に、彼は動き回りながら穏やかに口を開く。

「ああ、そこさ、おいてな。だども、網にはかかんねぇようにな。なぜなら…」
※お湯を直接排水溝に流すので、排水溝の一部でも塞がっていると危ない。

「んで、それは、こっち。窓ガラスには、くっつかんようにな。というのはな…」
※外は氷点下10度以下なので、モノを置くと凍ってくっつく。

手短に、しかも非常に論理的だ。見ると、動きにもまったく無駄がない。指示も的確で、しかも常に相手の心を読みながら話す。現場で一緒に仕事をした人は、皆一目を置いていた。彼は中学を出た時から働き始め、山小屋や厨房での仕事を50年以上続けてきた大ベテランなのだ。

ある日、私は寝坊して始業に間に合わず、上司が私の顔色が悪いということで、半ば強制的に休暇にさせられてしまったことがあった。ちょうど、他の従業員も休暇で出払ってしまっていたので、私は彼と二人で夕飯をとることになった。

少しばつが悪い気持ちのまま、私も夕餉の支度をしようとしたが、彼は「飯はおらがつくる」と言って、いそいそと一人で厨房へと向かい、暫くしてニコニコしながら、お盆に小さな土鍋を二つ乗せてお勝手から出てきた。

「これが旨いんだ」と、料理の解説。基本はオジヤなのだが、卵とオカカ、そして鍋の底に昆布を一枚敷くのがおいしさの秘密だ。大人ばかりのところに、高校出たばかりの娘がポンと飛び込んできて、気疲れしていたこと、それと今朝の失敗が、きまり悪かったのを気遣ってくれているのが分かった。

食べながら、体だけではなく、目頭も熱くなってきた。外では、しんしんと雪が降っていた。暖炉では薪がパチパチと音を立てて燃えていた。

土鍋おじやを食べながら、ぽつりぽつりと彼は話し始めた。
「おらは、中学しか出とらんし、学もねえでな。だども、こんだけは言える。人生何があっても金は手元にある分だけ使え。前借りは絶対するな。人生滅ぼすから。おら、どん底見てきたからな。病気のおっかあと二人で、月3万で暮らしたこともある」

聞くところによると、彼がその時暮らしていた漁村では月1万の部屋もあるという。だが、2万で暮らすのは、その当時でも大変なことだったに違いない。

彼はそんな話を悲壮感ひとつ漂わせず話していた。それを聞きながら、これは多分、お金だけのことを言っているのではないな、と感じた。身の丈で生きることを邪魔する誘惑は、世の中にはとても多い。

その次の年、彼は山を下りた。そこでは定年しても居残る人も多かったのだが、聞くところによると、彼は未練一つ残さず、あっけらかんとした笑顔で去っていったという。

冬になると、彼のことを、時々思い出しながら、教わった土鍋おじやを今度誰に作ってあげようかな、と思ったりする。 幸福な記憶はいつも雪景色とともにある。


※この記事は2006年に書いたもののアーカイヴです。
[PR]
# by mikeneko301 | 2013-11-10 21:08 | 記憶

 blue/azul

e0089531_22454581.jpg


ごく幼い頃は多くの国籍の人達が常に自分の周囲にいた。
窓から見える雪景色や、白檀の香り、あるいは両親の歌うサンスクリット語の歌とともに、多くの種類の言語が、まるで家具の一つ一つのように、私の風景の一部となって環境を創りだしていた。

全ての言語には、独特の言い回しや、その言葉の持つ色合いのようなものがある。私が拙い英語で話しているとき、ふだん日本語で話している時、私の周囲にある全ての事物の陰影は、全く違う見え方をする。

言語は、その時代、その土地の人間の精神構造の指標のひとつだと思う。なぜなら、言語は環境を作り出す一つのファクターであるし、ほとんどの人は、世界を捉えるときに媒介として言葉に多くを頼るからだ。

これは意味上のことにおいてもそうだし、音の持つ響きが作り出すバイブレーションについても言えることだと思う。

たとえばblueとazulは英語とスペイン語で青という意味なのだが、その音の響きから想起する青は、果たして同じ青なのだろうか。

私に関して言えば、青、blue、azulは同じ青でも、それぞれが全てニュアンスの違う色彩のように感じられる。また、そうであるが故に土地が違うもの同士のコミュニケーションは時として壁にぶつかることがあるのだと思う。

意味においては、こんな例もある。古代ギリシャ語に“ポポイ” という読み方をする単語があるのだが、これを日本語訳すると「愛」あるいは「哀」。古代ギリシャ人の感性では、愛と哀しみは、コインの表裏のような関係にあったことが窺える。さらに、その「愛」と「哀」の持つ意味すらも、現代とは少し違っていたのではないかと思う。

愛しさと切なさに関する表現は、日本の文学なんかにも度々出てくるが、“ポポイ”の二つの意味を同時に表記する単語は今の日本語にはないし、英語にも適当な単語がない。 愛、哀しみ、love、sadnessとハッキリ分かれている。日本においては、古典文学で使われる“もののあはれ”が少しは近いのだろうか。

コトバは死ぬのだろうか、コトバはどこに行くのだろうか。
今のこの世界で“ポポイ”を感じられる場所はあるのか。
それともそのコトバはすでに死んでしまったものなのか。

時の断層の中に埋もれてしまった言葉や感情が、実は、たくさんあるはずだ。意味づけはいらない。掘り起こしたものをただ眺めたいのだ。

幼少期のあの風景は、もう二度と見ることはできないが。
[PR]
# by mikeneko301 | 2012-11-05 22:48 | 雑感

白紙の中に残るもの —藤本なほ子さんの展覧会にて—

表参道ヒルズの裏手、住宅街の中に表参道画廊はあった。
昨日は藤本なほ子さんのインスタレーション作品「部屋」を友人と見に行った。

地階にある小さなギャラリーに入ると、いくつかのモニターが設置されていた。窓から見える何の変哲もない風景(しかしそれはただの日常を映しているようでいて非常に奇妙なものであることに気がつく)、手紙を書く女性の手。手紙を書く映像で書かれている内容は、他愛のない日常のできごと、旅先のこと。やりとりをしているのは年齢の離れた二人の女性だろうか。

画面に映っているのは紙とペンを持つ手だけ。ゆっくりと丁寧に文字を綴り、時々立ち止まって、次に何を書こうかなと思いを馳せている様子が見て取れる。ただそこに映っているのは手だけなのに、細かな動作というものは、日常意識する以上に実は雄弁なもので、顔は見えないものの書いている人の表情までもが目に浮かぶように思えた。

転じて隣のモニターには、手紙を書き終えたところから映像をゆっくりと巻き戻し、文字をペンでなぞって消していくかのように、一文字一文字が消えていく映像が流れていた。それが酷く悲しかった。なぜなら、書いた文字を消しゴムで消す以上に「消えている」からだ。時間が巻戻るということは書いたという事実ごと消えてしまう。そして、その書いた思いすらも消えていくような寂しさがそこにあった。私はその場に立ち尽くし、最後の一文字が消える瞬間までを凝視し続けていた。

するとどうであろう。最後の一文字が消え、白紙だけがそこに残った瞬間。それまで感じていた寂しさが消え、何もないのに全てがそこに在るような安堵感を覚えた。そう、白紙の手紙の前には、これから誰かに何かを伝えようという意志がそこにあるように思えた。

なんとなく静かに満たされた気持ちになり、ギャラリーを出ると、藤本さんがお茶を入れてくださった。じんわりと芯からあたたまりながら、少しの間作品についてお話を伺うことができた。
[PR]
# by mikeneko301 | 2012-11-04 20:37 | 本・音楽・アートなど

敗北の果てに見る風景

e0089531_21231375.jpg


子どもの頃は、自分の知っている世界の範囲がまだ狭いにもかかわらず、目にする風景は現在のそれと比べて広かったように思われる。本当に幼かった頃、たとえばまだ少ししか歩くことができず、一日の大半をベッドで過ごした頃、自分の意識は常に外界に向けられていた。その代わり自我と向き合うことは無かった。

ところが成長するに従い、意識が自我すなわち内面に向かっていく頻度が高まるにつれて、風景は徐々に狭まってきた。外界に関する知識が以前よりも増しているにもかかわらずである。このことは、風景というものが自我に対して対立的に存在していることを示しているのであろうか。

しかしながら、自我に向かい時には葛藤している時でさえも、自分の周囲にある風景は存在しているのである。ただ、その見方は明らかに違ってくる。風景というものは、見ているその人の心情や世界観を映す鏡である。もし、誰か別の人と同じ風景を見ている人がいたとして、彼らの魂が入れ替わったとしたらどうであろう。おそらく目にしている事物は何一つ変わらないにもかかわらず、彼らは世界のあまりにも大きな変貌振りに驚くに違いない。身体や自分達の置かれている状況や心情の違いが世界観の違いを生み出し、目にする物理的な事物を用いてそれぞれの風景を創り出しているからである。風景は自我に対して対立的に存在しているのではなく、内在的に存在しているのだ。

時として、何かに思い悩んだりした末に、ふと視界が開けるような気持ちになり、何らかの結論に辿りつくことがある。敗北という体験も、同じような感覚を引き起こす。およそスポーツであるにしろ、精神活動であるにしろ、闘争の相手は結局のところ自分自身の自我であることが多い。

風景は、それが敗北という形であれ他の形であれ、それらの闘争に区切りがつき、自我に向ける我々の眼差しが一瞬ゆるんだ時に、それまでとは違う思いもよらない方向から意識の中に滑り込んでくるのである。そのような時に見る風景は、時として悲しいほどに美しく、何か懐かしい気持ちにさえさせることがある。恐らくそれは、外界に向ける視線、すなわち意識の強度が一瞬幼い頃のそれと似るため、そう感じるのだろう。

そして人は、自我に向ける視線を消し去ることにより、永遠にその風景の住人になることを潜在的に望んでいるのだ。


※19歳の時に藤原新也の『幻世』にあるエッセイ「四十二・一九五キロの旅」からインスパイアを受けて書いた文章。
[PR]
# by mikeneko301 | 2012-10-17 21:26 | 雑感

カテドラル

e0089531_17562693.jpg


真冬のカテドラルは、人がほとんど居なかったこともあり、吐く息も白く凍てついていた。

中に入ると祭壇を歩きながら、時々手振りを交えて、ゆったりと荘厳な雰囲気で唄う初老の男性がいる。洞窟のような、胎内のような聖堂の壁に反射する声が、静かな大地の響きのように深く、どこまでもこだましていた。彼の白い肌は赤みがかり、金色の髪の毛が、時々差す外光に光っていた。

その日は、グレゴリオ聖歌のコンサートが夜にあるので、それのリハーサルなのだと、側にいるスタッフの男性が説明してくれた。唄っている司祭のような身なりの男性は、パリ大学の神学の教授であり音楽家でもあるのだという。

音をたてないように少し近づいたが、ロングコートの裾を少し持ち上げたとき、ブーツの踵が一瞬だが床に当たってしまった。

コツッーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・。

響く音の最後の余韻が、険しい山の岩肌を撫でる風の音の余韻に似ていた。カテドラルの壁は、山の岩肌を思わせた。

その数年後、私は同じ場所で撮影の準備をしていた。連載しているエッセイのための取材許可が下りたのだ。感無量な気持でシャッターを切った。色々な想いが交錯していた。撮影が終わった後、しばらくの間席に着き、ぼんやりとしていた。
[PR]
# by mikeneko301 | 2012-10-14 17:48 | 散歩



日々の雑感や妄想とか。
ブログパーツ
以前の記事
最新のトラックバック
カテゴリ
フォロー中のブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧